3年目のジンクスなのか、仕事でときどき
これでいいのだろうかと思うことがある。
まだ2年半(たぶん)やけど、
毎日同じ職場では飽きないわけがない。
出張が多いのは救いかもしれないのと、
次に何をいったいしたいのかというのがないので、
続けられると思う。
何かしたいことがないというのは、
精神衛生上よくなさそうやけど、
そういう時期かもしれない、また何かしたいと思っても、
外的きっかけがないと大きくは動いてこなかったこれまでの
自分の過去を思い出すと、もともとそういう性格やっただけ、
ということかも。
やりたいことはいろいろあるけれど…、
…あ、そう最近一番ひっかかってることで、
自分のスタンスというか身構えのことで、
大人になったと言えばきこえはいいが、
何事に対しても一歩ひいてしまっているような。
夢中になってのめりこむ、ということを恐れている感じ。
「タスクをスムーズにこなさなければ」という毎日の
(仕事上の)意識が生活全般にしみわたってしまって、
ひとつに夢中になってしまうことで何事かが片手落ちや失敗を
生んでしまうのではと、何をするにつけても頭の片隅で考えてしまうこと。
本当は夢中になることが一番の推進力であって、
夢中になることがないとなんてつまらん毎日になってしまうことかと、
それは頭ではわかってるんやけど。
夢中になる対象が、目の前のタスクをきれいにこなすような
業務的なことではなく、もっとなんか右脳的活動において、夢中になりたい。
(補足:その上でExpressしたい)
それから、こういう自己分析みたいなこと、
生まれて30年、人間ではそれなりの年月を生きてきて、
社会的にはなんやら求められるようになってくると、
これまで生きてきた自分の過去を分析して、
自分はこういう選択、行動をしてきたから、
これからはきっとこうなるはずだ、と、
ものすごい客観視をしてしまって(主観が欠如した見方)、
これまでこうやって生きてきたからそれを復習して、
安全な道筋を選んでやってこう、
失敗しそうな選択肢は外して…。
自分はどうしたいとか、自分のことなのに、
ちっとも自己中心主義のかけらもない。(社会秩序中心主義?)
なんか、つまらない。
それはもちろん無鉄砲・無思索はあぶなっかしい。
けど無思索で歩いて何か発見することだって多いし、
それでこそ面白いことが起きるはず、
アクシデント、それに僕は飢えているんだろうか。
あー、きっとそうだ。
社会的な視線というのはそれは大きい。
だけど、みんなそうだろうけど、
大人である自分から少しブレたい、はず。
spo・記 (2007年03月23日)
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